2014年7月8日火曜日

Inès de la Fressange


普段、ほとんど洋服を買わないのですが
久しぶりにワンピースを買いました。
ユニクロの
イネス・ド・ラ・フレサンジュコレクションです。
さらりとしてとても着心地の良い、
コットンリネンのシャツワンピース。

イネスは、トップモデルで
1983年から8年間
シャネルのミューズとして活躍したのち
90年代のスーパーモデルブームの頃には
現実世界の消費者達とかけ離れたハイファッションから離れて
「トップモデルの審美眼で選んだものをリーズナブル楽しめる」
をコンセプトに自身のオリジナルブランドを立ち上げた人。
今年で57歳になりますが、今も現役のモデルでもあり
ナチュラルでとても美しい人です。

私は高校生だったその頃、雑誌『流行通信』を熟読したり
大内順子さんがレポートするテレビ東京の『ファッション通信』
を録画して何度も見たり
美しいモデルとその身体の動き
アート作品としてのファッションフォトや
ステージ全体で作り出すファッションショーの世界に夢中でした。

一方で、ナオミ・キャンベルやリンダ・エヴァンジェリスタなどに代表される
ゴージャスなスーパーモデル達よりも
当時すでに一歩ひいたところで
華美でなくシンプルでスタイリッシュなファッションに身を包み
ナチュラルな笑顔で自身のブランド紹介ページに載っていた
品のあるイネスに憧れたものです。

 

そんなイネスのユニクロコレクションは
買い物をするつもりでなかったにもかかわらず
店内をざっと見渡した中で
すぐに目に留まる程の上品な雰囲気を醸し出していました。
手に取ってからはじめて、イネスのコレクションだと知ったのです。

上質の素材で丁寧に作られた服を大切に長く着るのが理想的だけれど
商業的ルートを辿って手元に届くころには
価格に手が届かなくなってしまう。。。
質がよくてスタイリッシュなデザインのファッションを
手頃な価格で楽しんでほしい
というイネスのコンセプトを
ファストファッションの代表的ブランドで実現してくれたのは
とても嬉しい事です。
ユニクロの中では少し高級ラインですが
とても価値のあるコレクションだと思います。

machiron

2014年5月21日水曜日

Itadakimasu

*過去記事の転載です*


毎日朝から晩までキッチンにいるせいか
今日はよしもとばななの著作"キッチン"のことを考えました。
"キッチン"は日本語で読んだあとに
英語版も読んだのですが
不思議なことに、日本語で読んだ時より
この日本の小説の独特の空気を強烈に感じました。
おそらく、英語で書かれることで
他のアメリカ文学作品との違いが明らかになったのだとおもいます。
そのキッチンについてアメリカ人の先生と話した時
肉だけでなく野菜も生きていたものとして
「キッチンは死を生に変える場所なんだ」
という話になった事がとても印象的で
今でもよくその事を思い出します。

Je pense que c'est peut-être je passe dans la cuisine toute la journée, aujourd'hui je pensais à "Kitchen", un romain de Banana YOSHIMOTO. Je l'ai lu en anglais après en japonais, et je ne sais pas pourquoi mais quand je l'ai lu en anglais j'ai senti un air très spécial d'un romain japonais plus fortement que en japonais. Je pense que c'est parce que j'ai pu le comparer avec les autres romains américains car c'est écrit en même langue. Je me rappelle très bien que j'ai discuté sur ce romain avec mon prof américain du fac. On a parlé comme ça, "la cuisine c'est où on change les morts aux vies, car tous des alimentaires étaient des vies, pas seulement de la viande, aussi des légumes..." C'était un discussion très impressionnant. Je m'en rappelle souvent.

どんなときに思い出すかというと、
毎回の食事の前、「いただきます」を言うとき。
このいただきますは、宗教的な意味を超えて
「あなたの命を私の命にかえさせていただきます」
という、
ものを食べて生きている事に対しての感謝の気持ちを表す
素晴らしい日本語だと思います。

C'est quand que je m'en appelle? C'est quand je dit "Itadakimasu" avant que je commencer à manger. Ça veut dire "Je vais prendre votre vies et transformer à ma vie". Pour moi, c'est un mot japonais vraiment formidable, au-delà des religieux. Ça exprimer nos sentiments reconnaissants à nos vie qui est soutenue par prendre des vies.

外国へ行くと"美味しく召し上がれ!"
という言葉はありますが、
日本語のいただきますにあたる言葉を
聞いたことがありません。
(ご存知でしたら教えてください)
なので私はフランスに暮らしている時でも
必ず「いただきます」を言っていました。
日本人でない人に、なぜ私がいただきますをいうのか
なぜBon appétit (おいしくたべましょう)では足りないのか
説明するとみんな感心して、私の周りでは
「イタダキマス」というフランス人がたくさん増えましたよ。

J'ai jamais entendu le mot qui corresponde Itadakimasu japonais malgré qu'il y ait des mots qui veulent dire "Bon appétit". (Renseignez-moi si vous en savez.) Donc je dit "Itadakimasu" à chaque repas quand j'étais en France. Des gens qui ne sont pas japonais m'ont souvent demandé, et j'ai souvent expliqué pourquoi "bon appétit" n'est pas suffisant. Ils ont souvent aimé la raison, puis il y avait pas mal de français qui disent Itadakimasu avant qu'ils mangent.

生きていることへの感謝の気持ちを忘れず
毎日の食事を大切にしたいと思います。

Je ne veux jamais oublier mes sentiments de reconnaissants à ma vie et respecter chaque repas.


machiron

2014年4月29日火曜日

L'esprit japonais


IKEAで購入した、鯖柄のペーパーナプキン。
日本人のみなさんは
なんだか変な感じがしませんか?


もう10年以上前になりますが
旅行で訪れたフランスで
日本風のデコレーションをしようとしたフランス人が
鯉のぼりのタペストリーを壁に貼っていたのですが
その頭が右向きになっていて
なんともいえない違和感を覚えた時に
日本では一般的に
”魚を置く時は頭が左”とされていることを
あらためて認識しました。


日本で、魚の頭を左にするのは
何か起源があるのか?
と調べてみたところ諸説あるようですが
そもそも、日本では
”左の方が右よりも善とされる”という大前提があるようです。
そしてその起源は、天照大神が
イザナギノミコトがみそぎで洗った左目から生まれた
とされる日本神話だとか。


また、左は『日足り』から派生していて
吉方とされているともいわれています。


この、左上位の考えは
神社のしめ縄・舞台の上手下手
着物の合わせ・右大臣左大臣・封筒の貼り合わせ
などなど
さまざまな場面でみることができます。


普段なにげなく普通だと思って過ごしている事でも
食文化だけでなく色々な文化が
その国や土地の歴史や成り立ち・自然と
強く結びついていると気付くと楽しいですね。


魚の頭を右にするのは
不祝儀の時なので、気をつけましょう。


machiron

2014年4月25日金曜日

Pomme de terre

ジャガイモを料理するたびに、思うことがあります。
ピーラーで皮を剥いて
シャクシャクと包丁を入れる時の感覚、
切り口の色。

リンゴみたい。。。

そして、なるほどフランス語でジャガイモの事を

"pomme de terre" = 大地のリンゴ

というわけだ
と改めて納得します。


そしてさらに
これもジャガイモを切るたびに
毎回毎回の事なのですが

この歌のイントロのポヨポヨとした
心地よい音が流れ始め
眠るまで頭の中に回り続けます。



You are the sunshine of my life  
That's why I always be around
You are the apple of my eyes
Forever you'll say in my heart....

「あなたは私の目のリンゴ」
って何それカワイイ!
と思ったのですが
瞳(黒目)という意味で使われているようで
聖書の中にも出て来る表現なのだそう。

瞳は不可欠な物、なので
「あなたは私にとってかけがえの無い存在」
という意味の歌詞です。

生まれつき目の見えないスティービーがつくった歌だと思うと
なんだか言葉よりもさらに深い物を感じます。


いつも
こんなことを考えながら、
ジャガイモを料理しています。


machiron

2014年3月14日金曜日

Gâteau de fromage

ひさしぶりに
チーズケーキを焼きました。
焼いたので、ベイクドチーズケーキです。
台にするビスケットは
いままでにいろいろと試しましたが
シナモン風味のビスケットに定着しました。
お菓子は、
気温やオーブンのクセなどの影響を受けやすく
熱や酸などの科学的な変化も
手順におおいに関わってくるので
最初の正確な計量がとても大事。
小さなボウルに入った材料が出番を待っている
この景色がしびれるほど大好きで
しばらくウットリと眺めてしまいます。
夏場は急いで作り始めなくてはいけないけれど。

昔から料理番組などで
料理家の先生が話しながら
透明のガラスボールに入った材料を
手際良く加えていく様がとても好きでした。
正確に計量してあるからこそ
安心してポイッと全量入れてしまえるのですよね。
それでも、
卵の黄身と白身の大きさやバランス
1個のレモンから搾れる果汁の量など
材料ごとに個性があるので
レシピに忠実に作っても差が出てしまうこともあります。
ボウルに割り入れた3つの卵のバランスを見て調整したり、
レモン果汁を少し減らしてみたり
回数を重ねて感覚で調整できるようになると
ぐっと安定します。

お店で毎日お菓子を作っていた時には
とても小さくて新鮮な卵が手に入りました。
その小さな卵にちょうど良い割合でレシピが完成しています。
なので、今スーパーで揃えた材料で作るお菓子は
少し表情が違う事も。
今回、白身が少し多いかなと思ったのですが
それがうまく作用して
やわらかく滑らかな生地に仕上がりました。

オーブンに入れた生地は
10秒逃しただけで一気に焦げてしまう事もあるので
焼き上がり間近になると目が離せません。
お料理も同じですが、
火の入り加減は一番大切な要素のひとつ。
べっぴんさんに焼き上がりました。
できあがったお菓子は
いちいち愛おしい。

いままで作ったチーズケーキで
一番優しくて美味しいのができました。
やったー。

machiron

2013年12月29日日曜日

料理について

カフェをはじめた時

プロの料理人ではない私のコンセプトは

「家族で食べたい料理と、友達と楽しみたいおつまみ」

でした。

シンプルに「料理」と言う事だけ考えていうならば、

自分が作った料理やおやつを、お客様がお金を払って食べる。

その形に慣れるのは簡単な事ではありませんでした。

料理をすることが「仕事」の一部になり

料理を作る事そのものの本質が見えなくなってしまっていた時期が

あったように思います。


自然界からやって来た美しい材料に感謝をして、

食べる人の事を思って心をこめて料理をする。


気持ちが伝わって、

食べる人が喜んでくれると

その場が明るくなっていろんなお話が生まれて

新しい空気が生まれて、新しい人のつながりが生まれる。


お酒もそうですが、間に料理があることによって

空気が温かくなったり

親密になったり

そういった温かい変化のようなものが好きでした。

料理に自信が無くても、カフェを続けることができたのは

そういった人の温かさを感じる事ができたからだと思います。


何度も、言い訳のように言うのですが

私はきちんと修行をしたプロの料理人ではありません。

シンプルな物しか作れません。

味がブレる事もあるし、そもそも料理が仕事の一部になってしまうことに

自分が耐えられなかった。

じゃあ、なぜ料理をつくるのか?


料理を含んだ全ての空気が居心地よくなって

誰かを楽しく笑顔にする瞬間が好きだからだと思います。


お店を閉めて、しばらくは料理を作る事ができませんでした。

料理は自分の状態が全部投影される鏡のような物だと感じていて

同じ料理を同じレシピで作っても

自分の気持ちが100%でないと

全然丁寧じゃなかったり、優しくなかったり、

仕上がりに満足しなかったりします。

自分の状態が映し出される料理を作り出すという

心の準備がなかなかできなくて、時間を要しました。


少しずつだけれど、誰かのために料理を作って

やっぱり喜んでくれたら嬉しかったりして

最近では、1年以上作っていなかった、カフェで出していた料理も

作ってみるようになりました。

機械的に、義務感に駆られて作っていたときと違い

最初にこのメニューをお店に出そうと決めた時の

丁寧な気持ちを思い出す事ができました。


ひとつひとつの手順を丁寧にこなしていくと

素材もちゃんと応えてくれて美しい姿を見せてくれます。

たとえば

カフェで使っていた卵と、近くのスーパーで買うことができる卵では

大きさや濃さ・白身と黄身のバランスも全く違うので

レシピ通りにつくっても同じ物はできません。それを、

大げさにいえば

卵とお話しながら一緒に作り上げていくような感じです。

なんて愛らしくキレイに焼けてくれたの!と嬉しくなるんです。


正直なところ、お店を閉めたらみんなすぐに忘れてしまって

ひとりぼっちになるだろう、と思っていました。

けれどお店を閉めて1年近く経った今でも

マキちゃんのキッシュが食べたい、とかカレーが食べたい、とか

言ってくださる方がいるのが、本当に嬉しいです。


 近い将来、またお客様のために料理を作れるようになれたらいいな、

と思っています。

けれどそれはおそらく

料理人としてではなく

居心地の良い空間を作るひとつの要素として料理がある、

といったようなかたちになるんじゃないかな、

と考えています。

やはりコンセプトは揺るぎなく、

「家族で食べたい料理と、友達と楽しみたいおつまみ」

です。家族でお迎えしたお客様と食卓を楽しむような

そういう空間がいつかつくれたらいいなと思います。

といいつつ、現時点で決まっている事は何もありません。



今実行している事は

「呼ばれたら可能な限り駆けつけて、楽しくする」という抽象的なこと。

呼んでください。



最近、料理をするのがとても楽しくなってきました。




machiron